ここで見たこと

絵描きのなんでもない日々です。トウキョー周辺。

アホロートル埋葬

  
  
ウーパールーパーの埋葬に立ち会った。 
 
 
この街に住んで5年目の半ばくらいになる。
 
お祭り好きなこの街でも、
ひときわ大きなお祭りが旧暦七夕付近にあって、
今日はそれの二日目だった。 
3年ほどは飲食店で、
昨年1年は公共機関で働いた私は、
この夏はじめて、
売り子の予定のないそのお祭りに立ち会っているのだった。 
 
街の友人知人のほとんどが、
飲食店か役所勤務か、
当時働いていたお店の常連さんなので、
大きなお祭りともなると、
数歩歩くたびに知り合いに逢う。
皆お祭りのときは働くのに忙しいので、
連れ立って歩けるひとは少ないけれど、
あちこちで「わあ久しぶり」なんて言うのはうれしいものだ。 
  
 
久しぶりに逢う友人とそぞろ歩き、
そちらこちらに挨拶を投げて、
一時期働いていたお店に顔をだして、
そろそろ帰ろうか、
と、生ビール入りの紙カップを揺らし、
風のおかげで存外快適な夏の道で帰路についた。
 
物足りないような、
満足したような、
お祭りらしい帰り道だ。
 
人気のすっかり失せた商店街を、
満ちて一日経った月が照らして、
カップの中身を持て余す。 
 
ふと目をあげると、
目前の交差点を横切るのは、
先ほど挨拶を交わした若夫婦だった。
はて。
先ほど帰宅したはずだけれど、
彼らの家とおよそ真反対の方向から歩いてくるのだった。 
 
めいめいが簡易な荷物の他に、
小さな観葉植物の一葉を、
鉢も包みもなしに持っているのだった。
ハーフパンツのポケットに鍵と携帯とお財布、
片手にビール。
そんな軽装の私が訊くと、
植えるところを探しているのだと云う。
「へえ、ついて行って良い」
と、
一人の麦酒をもてあましていた私は言ったのだ。 
 
 
「よくついてくる気になったね」
「なぜ?」
「実は、飼っていたウーパールーパーを埋めに行くところなんだ」
「 そうだったの」
「お祭りから帰ったら、死んでいたの」 
「だから、こんな時間に」

祭から流れた若者たちの喧噪の傍ら、
公園の樹の根元に、
夫妻が穴を掘るのを、
縁石にしゃがんで観ていた。
 
「何教?」
「母親が、私と兄だけ無宗教にしたから、なにもないよ」
「関係ないよね」
 
土の柔らかさと深さの話をしている。
 
「ウーパールーパーって、10cmくらい?」
「ううん、成長したから、15cmくらいあるよ」
「そんなに、」
「うち、来たことなかったっけ」
「うん、近いのにね」
 
頭のなかには、
ホームセンターの水槽で、
静かに水を掻くちいさないきものがちらついている。 
 
「ウーパールーパーって、なにを食べるの? 虫?」
「ううん〜、金魚のえさみたいなのがあるんだよ」
「ああ、なるほど」
 
白いちいさなつつみ(15cmほどの長さ)が穴に収められ、
餌の袋がさかさにされる。
「もう使わないから」と言い合う声が、
二匹目を飼わないことを知らせた。
土がかぶせられる。

「ウーパールーパーって、陸の上にも出れるの」
「水の中だけだよ。かえると、おたまじゃくしの中間、あれが一生続くかんじ」
「なるほど」

ちいさな観葉植物が植えられる。
公園の水飲み場がすぐ側にあり、
汲んだ水を撒いていた。
お香に火が灯される。
 
ビールを呑みほした。 

  
縁石から数歩、にじりよる。
手を合わせる。
目を閉じる。 
声がとんでくる。 
 
「アホちゃんて、いうんだ」
アホロートルだから?」
「うん、そう」「よくご存知で」
「何年?」
「5年くらいかなあ…」
「そうか、私がこの街に来た頃に、二人の家にいたんだね」 

そうか、
悼むときに彼等は、名前を呼びかけるのだ。 
 
「立派な樹だね」 
「うん、いいところがみつかった」
「通りがかるときは、気にかけるよ」
「たまに水をあげてあげて」
「うん。よく育つといいね」
「うん」
 
 
曲がり角まで、
歩いて別れた。 
 
「明日、用事があるから顔を出すよ」
「うん、ありがとう」
「また明日」
「また明日」 
 
 
半分つぶした紙カップを持って、
一日経った満月を目端に捉えながら、
歩いて帰った。 

家に帰ってふと考えた。 
彼等は毎年、
祭の二日目、
今日のことを思い出すんだろうか。
 
少なくとも、
来年は3人が、
アホロートルの密葬を思い出すだろう。
 
 

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