ここで見たこと

絵描きのなんでもない日々です。トウキョー周辺。

『楽器の博物誌』一部引用ツイートまとめ

 
 
(2012/3/18)(以下引用の際のツイートコピペ)
 
今日読んだ本がかなり興味深かったので引用。
『民族には大きく分けて、狩猟民族、漁労民族、農耕民族と遊牧民族がありますが、楽器の場合には材料的な意味ということが非常に大切ですね』
『今、弦楽器と言われているものの多くは、元来羊の腸をよったもの、ガットですね。それから、それを馬の尾でこするということでしょう。馬と羊がいるということになれば、それは大体遊牧民じゃないだろうかと思います。現実に遊牧民族は現在でも弦楽器が盛んですね。例えばユダヤ人中近東の人はヴァイオリニャラババを惹くのがうまい。それから日本などもそうですけれど、水辺に生えている葦を楽器をしてよく使うところといえば、それは農耕民族じゃないかと思います』
『面白いことに、日本のような農耕民族の国には本来ヴァイオリンのように弦を擦って演奏する楽器はありませんでした。一方、遊牧民族は、動き回る人たちですから、あまり大きな楽器や、いろいろな楽器は持てないという制約もありますね』
『やはり多くの打楽器は獣の皮を張るでしょう。それから連想されるのは、狩猟民族は獣の皮が豊富だったでしょうし、現実にそういうことが多いですね』
『そしてなおかつ面白いことは(中略)、例えば太鼓の音というものは、狩猟民族的ー闘争的ですね。笛の音というのは非常に農耕民族的ー平穏ですね』
『そして遊牧民は弦の音と似合っているんですね。非常に素人っぽい意見ですが、これは黙過できない…』
『ヨーロッパで完成された管弦楽の形というのはとてもユニバーサルなものでしょう。いろいろな民族が育ててきた楽器が全部一緒になったんですね。遊牧民の楽器、農耕民族の楽器、狩猟民族の楽器で、弦楽器、管楽器、打楽器ができるんだとすれば、これば世界の楽器の集団といえるでしょうね』
『だからオーケストラというのは、やはり万人を引き込むことができるんだと僕は思っています』
『社会学的に考えれば、ヨーロッパでは音楽というものがいつも非常に高い位置にありました。例えばキリスト教というものと一緒になって、だれはばかることなく音楽はいいものだったわけでしょう。神を賛美するものだし、民衆の喜び、信仰心をあらわすし、ちっとも後ろ暗くないですね』
『それから貴族のお城に移ってきた時代も、貴族は自分の権力の誇示のために堂々と音楽もやったわけだし、いつも厚く保護されています。日本では、楽器を扱う人は逆にいつも追いまくられる立場で、河原乞食といわれた芝居小屋であるとか、特に吉原のような遊里とか、そういうところで日陰の花的な発達もしたし、ある意味では華やかであっても、暗い背景を持ったところにずっと発展したでしょう。ですからヨーロッパのように公のところに発展し、保護され、そこで発達したものと違い、全く反対の畑から「ハスの台(うてな)の中で一緒になろう」というような情死だとか不倫の恋とかいうことばっか歌ってるわけでしょう。それがいまだにずっと演歌につながっているわけだけど、音楽というものが常に日陰の陰花植物的になったんです。それがまた日本の音楽の喜びでもあったんですよ。つらいから憂さを歌う』『だから、そこに粋だとか、特殊な間だとかが意味をもってきた。間ということは一種の時を盗むことですからね、そういったイレギュラーなものばかりが異常に発達した国じゃないですか。だって「あした早く起きて一緒に働きましょう」なんて邦楽はひとつもないでしょう。例えば結婚の喜びを言うのさえない。みんな暗い恋です』
『ですから、楽器もすぐ持って逃げられるようなものしかないでしょう。壁の一部みたいなオルガンとか、持って逃げられないようなピアノみたいなものは発達しようがなかったんですね』
『そう考えると複雑なところのある民族ですね。日本人というのは』『そこが大変面白いことなんですよね。悲しさといつも同居している』『だから輝かしいというような音は好みじゃないし、目的でもなかったんじゃないですか』
 
【『楽器の博物誌』(シリーズ・グラフ文化史) 朝日新聞社】作曲家・團 伊玖磨氏と国立音楽大学教授・郡司すみ女史の対談「民族文化と楽器」から一部引用。 http://www.amazon.co.jp/dp/4022583665/ref=cm_sw_r_tw_dp_EEFzpb09D3D14 昭和61年(1986)発行の本。
本全体も、たくさんの楽器や、ルーツや、写真や知識が載っていてとても面白い。 図書館で借りた。地元図書館になくとも、リクエスト申請すれば図書館同士で貸し借りしたりしてくれるサービスがあるので興味のある方は。近い図書館に蔵書あるか調べられる→http://calil.jp/
 
 
 
(以上)


異常だけ以上になってたので直しました。
原文はもっと長いからこれまたおもしろいんだ…
「ときを盗む」って対話で出てくるそのセンス、考えの深さ…おお…。
 
発展や発達や進化には意識下や無意識下における、環境適応や対応の必要性が関わっている、というのはなんの分野にもいえることなのだけど、
こういうタイミングでくると、自分の現状における上記の必要性ってものを考えるね。
そもそもナマケモノの生態に心を鷲掴まれた時点で、強く速くという進化の主流に迎合しきれない性質が根幹にひそんでいる…という示唆になっていたのかもしれない。まあこういうのは もっと練ろう。ブログに書くかもしれない。書かないかもしれない。
 
 
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