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ここで見たこと

絵描きのなんでもない日々です。トウキョー周辺。

神さまになる友だち

 
 
神さまになる友だちがいる。 
 
 
10コくらい年上の、いつもにこやか朗らかの友人は、たまに神さまになる。
これは全然比喩じゃあなくて、もうなんというか伝統と(playよりもprayな、遊びよりも余裕な)あそびをもって、神を模す。
 
 
神出ずる国なんて、呼ばれるそのくにには、高校生の頃に行ったことがあって、かけがえないおそらく終生の友人ができた。
神有月に、全国各地から神さまたちが集まるという、そして人々の縁故を決めるという、出雲大社の『えんむすび』。まったく本当だね。
(出雲の縁は恋愛関係らしいけど、ちょっとそっちはどうなってしまったんでしょう)
 
あの一度の訪問、海と山が隣接していたので、私はあんまりびっくりしてしまった。
まるきり山奥の盆地生まれで、海という海は明らかな海しか観たことがなく、島みたいな山みたいなものがそばにあるなんて、まるきり埒外で不思議な光景だった。
島根、いいとこだったなあ。
もっと居たら、神さまがあたりまえにいる、そういう空気がこっくりと知れただろうか。

 
神さまになるってどういう気持ちなんだろう。
神事の絢爛な衣装に着替え、永らくの身振りや音を覚え、人々の前にでるって、一体どんな気持ちがするんだろう。
神さま。
『なってしまう』というのは、『神さま』への考え方、近さの妙からくる発想なのかもしれない。
彼らの神さまってなんなのだろう。どんなふうなんだろう。
あの神楽からはひたハッピーで感じの良い印象はびしびし伝わってくる。
女神だって男のひとが演じてしまう。
神々しいまでに丈夫な和紙。
数々の仮面。 
 
今度逢ったら、いろいろ訊いてみよう。 
 
 
とりあえず、恵比寿さま直々に飴をもらえる私はしあわせものだなあ と思った。