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ここで見たこと

絵描きのなんでもない日々です。トウキョー周辺。

『ヘイ もしかしたら 明日死んじまうかもよ』

 
 
いつの頃からだったか、
わりといつも「明日死ぬかも」って思ってる。 
 
これは哀惜や悲嘆ではなくて、
ああ明日死ぬ、一瞬先に息絶えることが、ないとは言いきれない。
そう事実を思うことだ。 
 
妄想や空想ではなくて、
実際に実存がなくなるかも、という事実。 
ぼんやりへらへら笑って生きるのでも良いけれど、
気付いて気になるからには仕方ない。 
あんまり明るくもないが、
期日があるから頑張れる、
それがいつくるか判らないから必死になれる、
一瞬の邂逅かもしれないから、大事にできる、
そういうこともあるわけで。
 
 
人生は何もしないでいるには長く、
何かを為すには、
あまりに短いという。
ひと一人を知るのに、
塩の山を60年二人で舐めねばほとんど判らないまま、
というのも訊いたことがある。 
  
先人たちのそんな言葉もあるし、
思春期のいつだかに気付いた「明日死ぬかも」がくっきりと位相するので、
あふれんばかりのやりたいことや、
きっと時間が足りない、知りたいだれかと関わることに、
後悔ないように対峙してくんだ。 
 
20年余生きた私は、
「タイミング」ってものも知ったけれど、
やっぱり「明日死ぬかも」しれないので、
強いつよい感情は、
眠らせておくべきじゃあない。 
 
もう8月も終盤で、
2012年はあと137日で、
やりたいこと、描きたいもの、行きたい場所、知りたいこと、逢いたいひと、
そういうものぜんぶあって、
「明日死ぬかも」しれないから、
今日もがんばろ。 
 
 
ここ最近は、
煮詰めたトマト(簡単保存用トマトソース。切ったトマトだけを煮詰めるだけ)と、
えのきと生姜とベーコンと卵と塩と黒胡椒で作るスープがおいしい。 
8/16晴れ。
顕せるものはぜんぶ出そう。
望みに近づくことはぜんぶしよう。
言いたい好意はぜんぶ言おう。 
 
 
 
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(カウンタ壊れてる)
 
 
題字は、タニザワトモフミ氏の「世界一周ノスゝメ」冒頭より。
良い曲だよ。