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ここで見たこと

絵描きのなんでもない日々です。トウキョー周辺。

息つくように描くことがすき

お久しぶり、です。

もう6月も終盤。
先週から喉主体の風邪をひいていて、
これがなかなか、つらい。
一日おきに寝込んだりしていた。
学生時代あまり、というか一切病気をしない、
といいきっていいくらい丈夫だったので、
社会人5年目になるというのに、
いまだに体調を崩すのは苦手だ。
病気慣れしているひとたちというのは、
実に鮮やかに身体とつきあうなあとしみじみ思う。
精神の病理・不調には20年余つきあってきたので、
割合そっちは応対できるようになったけれどー。
何事も経験ですね。

 
本日午前はとうとうと眠りについていた。
いつのまにかお昼前だったので、
身体にはぐっすりで非常によかったと思う。
 
 
手がけている絵のこと。
タイトルのきまっている、描きあがったあとの行き先決まっているも水彩の作品は、
いつもの水彩紙に、たっぷりひたひたに水を含ませて、
そこにさらに絵の具をおとしている。
ふちまで水をたたえているさまが、
紙が溺れているようだと思う。
深くふかく、もっと水をのんで、もっと底へ。
描きかけのアクリル画には、
昨日みた色、想起のなかでもいちばんひろく、印象的だった色をのせた。
ふし色、稲色、黄土にベージュ。
こちらはアクリルのペインティングナイフ塗りなので、
まるで渇えているような、荒さとたのもしさがある。
こういうものたちを前にするたび、
絵を描くことのふるえるような恍惚をおもう。
 
いつの間にか夜になっていて、
先日買ったつけペンとインクを開けた。
いつか持っていたはずのGペンたちはどこかへいってしまったのだ。
戯れにつかいはじめたインクとペンの、
たのしいこと、たのしいこと。
もとより細密気質があるので、
あえて手をだしていなかった部分もある。
のめりこんでのめりこんでしまいそうでそらおそろしい。
でもやろう。
 
今月は粘土(!)と、
ちょうど昨年のいまころつくりかけてやめていた半立体にも手をだして、
それぞれのままにならなさと面白さが身にしみて思われた。
どんどんこうするべきなのだ。
触れたことのないもの、
やったことのないこと、
そういうものに片っ端から接していって、
それぞれの特質と性質と性格とうつくしさを知って、
必要なときにひつようなものを取り出せ、
また・それぞれのいとおしさを身にすりこませるべきなのだ。
いままでの自分ではいけなかったところにいける、
それが一番の近道な気がしている。
いやいいんだけどね。
近くても遠くても。用あらばそこにいけるから。迂回のごとに深まり増えるから。
いや
しかし
絵はたまりません。
白を塗っただけのそのテクスチャで
それだけでしあわせなくらいなんだもの。
 
ふう 息つくように描くことがすきだ。
 
 
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