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ここで見たこと

絵描きのなんでもない日々です。トウキョー周辺。

最近あなたなにをしてるのよ、からはじまる「そういうこと」の話

最近あなたなにをしてるのよ、

ってことになると思うのですが、
ここ一年で展示スパンもすっかりひろがって、
ブログもTwitterも料理だライブだ読書だおでかけだって ろくろく描いてないじゃないかって
思われているんだろうなって
随分前から思っております。


ほんとうはこんなことを書くのも
なんだか嫌なのですが
(サプライズのない予定調和、いいわけじみた自意識のようで)

なにかを諦めたりはしていませんよ
って それだけここに記しておこう。
(展示もしますよ)(直近で展示のお誘いがふってきたので、あとで告知記事をかきます)


独学制作、2009年に画家として活動しはじめ、
あっという間の3年で、そりゃもういろいろありました。

知識と経験のない(まるきりない)無知の勢いが私をいろんなところに連れて行ってくれました。
ギャラリー、画廊、イベント、場所、土地、ひと、縁、思考、感情、あらゆる画面の海、アイディアの種をまく広大な畑、パネルのうえのまっさらな紙に触れる筆あと、色のかさね。

インプットの数だけアウトプットは増えていって、
感受したぶんだけグラデーションの螺旋階段の深みは増していって、
考えたぶんだけ世界を綴った本は分厚くなっていって、
ひとに感情に表現に出逢ったぶんだけ、知らない扉がひらかれた。

そうして、知った自分のこと。
望みのかたち。
単純なかたちしかみえなかった・描けなかったこどもが
複雑や繊細や技巧や深みを知ってとりこんでいくように、
のぞみの細部がみえてきた・とりこんだものが形の複雑さを増した。それが見えるようになった。
風景写真にクローズしていくように。
ここにあったこんなもの。
実はこんな色をしていた。
言語化できなかったもの。
こんなふうに思ってた。

そういうことが、増えて、ふえて。
かつての設定、無知の勢いの方針では おさまりつかないくらいの真摯と熱とがあるので
本体からブラッシュアップ。
とりあえずと、はじめた足場は 行き当たりばったりに組んでいったから、ある程度の高さまでしか届かなかった。がむしゃらなので風にも揺れた。
更の土地、日照時間や土の具合や気候や歴史やお隣との折衷も考慮して、時間がかかっても 急くところをこらえて整えて まったりだってたのしんで、確かな基礎を築くのだ。

そういうことをいまやっている。

一生のこと、というのを、
あのときとは違う真剣さ、
弾みよりも熟慮をもって、
確かさを強めていくよう、
練っているのが、最近。


一行におさめるならば、
サグラダ・ファミリアを建てるには時間がかかる。
というような そういうこと。


ものすごい予感がしてるんだ。
大きい歯車。
あらゆることが噛み合って、様相ががらりと変わる大仕掛け。
マタンからソワレへ。
生涯かけていきつく夜のために。





(自分と絵に佳いことだけをしていく)
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