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ここで見たこと

絵描きのなんでもない日々です。トウキョー周辺。

ゼリー工場

『だんだんぐるりが固まることってゼリーみたいなもんさ』と友人は言って、それはなんてぴったりな言葉なんだろうと私は思った。 
 
なにかを選んだとき、なにかの指向性を捨てていて、
輝かしいなかにいるとき、暗がりにひそむ煌めきを見逃していたり、するのだ。
 
いま私が大切にしていることはいくつかあって、それは激しさとか、速さとか、劇的だとか、目覚ましいことだとか、目立つこと、知れ渡っていくこと、派手や栄光からは遠い、地道でひそやかで、薄闇や霧の中じっと目を凝らすようなことばかりだ。


たとえば、今あるものを疑ってみること。
急須から出る水のねじれや、陶器と水面の狭間を叩くお茶の音、はっさくの幾何学や潑溂や逆光に透かしたさまに、とくと意識をあてること。
感じるものをいとおしむこと。
発見や、閃きや、発想を形にすること。書き留めておくこと。
秘密をもつこと。
身体にしたがうこと。
興味の先だけをとりこんでいくこと。
ひとりで考えること。
夕闇にくれていく部屋で、電気を点けずに曇り硝子の色をみること。
おいしいものをつくること。
たくさんの物語を読み込んでおとしこむこと。
たくさんの音楽を聴いて数多の指向性を馴染ませること。
言葉にすること。
既存の縁を深めていくこと。
実験と検証。
 
これらはすべて『ゼリーの固まる時間』で、『ゼリーの材料を揃え、変えてみる』ことだ。
固まるまでには時間がかかり、固まって匙をいれるまで味はわからない。
基礎も、足がかりも、準備も、仕込みも、リハーサルも、そうして名前を変えて私のもとにきた。
(呼称が変わることで腑に落ちることもある)
 
なにかを選ぶことで選べないことがでてくる。
それは状況を変えたりもするけれど、現状からの逸脱には必要なことだ。手持ちのカードを変えなければ、別の役は出てこない。
最小が最大を語ることもある。小さな周りに目を凝らす。 
 
 

ゼリーに宇宙が展開していく。 
 
 
 
 
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