ここで見たこと

絵描きのなんでもない日々です。トウキョー周辺。

おじいちゃんとおばあちゃん

 
 
おばあちゃんから年賀状がきた。
 
それって毎年のことだし、あ・おばあちゃん。って何気なくめくった。 
 
おじいちゃんは一年前に亡くなって、私は命日を覚えてない。誕生日も、覚えてない。
それってひどいことだ、と思う人がいるだろうか。
(いると仮定)
もともと、ひとの名前も、誕生日も、血液型も、種別も出身も、覚えるのって苦手だ。
名前は呼ぶためのもので、
生まれた日は生まれた日で、
血液型は輸血のためで、
そんなのってすきなことと、なんにも関係がない。
おじいちゃんがおじいちゃんであること、私がおじいちゃんをすきなこと、
だれかがだれかをすきなこと、だれかが得難くそこにいることに、なんの情報だって証拠にならない。
そんなことですきをはかろうとするって、ブルーベリーやオレンジや、キウイのうつくしさを、産地や空輸時間や値段ではかろうとするのとおなじことだ。目安にだってなりやしない。
 
 
おじいちゃんが亡くなった去年は当然忌引きで、おばあちゃんは年賀状を書かなかった。
今年初めて、“おばあちゃんからの”年賀状をもらった。
まったく予想していなかったことなのだけど、当然それには、おばあちゃんの名前しかなかった。
 
 
おじいちゃんが亡くなったとき、あのときはどうしたんだったかな
ちょっと思い出せない。
ただ地元に帰って、おばあちゃんは親族とあれこれ、葬儀の話をしていたこと、私はおばあちゃんに抱きついたこと、泣いたこと、おばあちゃんは、振り払いも、抱きしめも、泣きもしなかったことを思い出す。
“向き合った”かどうかなんて私は知らないが(逃避してるつもりもないのだ)
なんだかずっと、おじいちゃんがいないって気はしなかったんだ。
「おじいちゃんはひとを淋しくさせないようなひとだったから」って たしか母が言った。
それはなんだかとても、信じるに足る、というか 想うに佳いことだったので、「そうだな」と思った。ずっと。
 
そんなわけで、一年以上、私はなんだか (ひとりのおばあちゃんをみて、思うところはさまざま、さまざまあるものの) 。
 
 
 
人の死はナイーヴだ。
 
 
こんなことを書くつもりじゃなかったのだけど、まったく個人的でまったく秘めておくべきでまったく 感傷的で やるせない。
書こうと思っていない、書くつもりもなかった、書くべきでないことばかりがつらつらと思い浮かぶ。
でもそれは真実なのだ。
ごまかしを書く気には微塵もさせない。
それが死への誠意で、真摯なんだろう。
 
 
とにかく、(強引に話を戻すと)今年の年賀状をみて、私はきっとはじめてしみじみと、
「おじいちゃんはもういないのだ」
思ったのだと思う。つきつけられたのだと思う。
チープな自宅印刷(父がやった)おばあちゃん個人の年賀状。たったひとりの送り名。
ひとが死ぬとはこんなに    なものか(どんな言葉でもうすっぺらくしてしまうのも死の特質みたいだ。おかげで 真意も言葉にしようとした途端嘘になってしまうので、まったく書けやしない)。



おじいちゃんについての ごくごくナイーヴな話を思い出した。
秘めるべき話だろうので秘めておこうとおもう。
 
ただ言いたかったのは、思ったのは、
年賀状の名に思わせられたことを忘れないよう
年賀状にまた思い知らされないよう
年賀状を後生捨てられないようになるまえに
できることをしておこうってことだ。
自分にも、すきなひとにも。 
 
 
(はじめての記憶は、祖父母の家の掘りごたつで、夏のひなか、おじいちゃんと絵を描いていたことだ。園児の私が教わったのは、ディフォルメされたうさぎでなくて、横向きの写実的なうさぎの絵だった)