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ここで見たこと

絵描きのなんでもない日々です。トウキョー周辺。

さるすべり

 
 
さるすべりみたいな夏だった 
 
 
 
 
高校時代からの文通相手から ひっさびさの音信!
うーれしーー!
びっくりするほどうかれてしまった。疲れなど吹き飛んだ。
も、ほんと屈託なく「男友達」って 合意もとらずに確信もっていえる、既知。
きっと一生の友人で、距離をものともしなくって、どんなふうになろうとも関わってくんだろうって そう思える相手のいる、うれしいこと うれしいこと。
 
インドで買った封筒に、浮世絵の切手。宛名は裏なんて、なんて粋なんだっ

間違えたらしいけどw
結果オーライ。
 
  
最近はこう だれかとつながり、縁、好意と機会をもつことの奇跡をほんとうに得難く思っている。
気にかけてくれること、笑顔をむけられること、出逢ったこと、伝えたいと思ったことを伝えられること、おなじ話題を共有できること、逢いたいと思った相手と約束できること、逢いたいと思ってもらえること、たのしい を共有したいと思ってもらえること、言葉のつうじること、連絡のつくこと、ほんのすこしの距離にいること、遠くても見知っていること、得意事項を頼られること・頼れること、響くものがあること。 
 
出逢わなかったかもしれないだれかと、
話せなかったかもしれないはなしと、
重ならなかったかもしれない時間と、
知りえなかったかもしれない想いと、
そういうものと交差できたことが 得難いし誇らしいし、つづいていることをこうふくに思う。
だいすきだ とおもう
数々の出逢いと友人たちを。
 
 
やみくもだったり数打ちゃだったり、そういうものはもうほんとうにどうでもよくなって、できた縁と出逢う偶然をほんとうにいとしいとおもう。
錆び付いたり切れたりしないようたいせつにしたいとおもう。とくに、向けられる好意に関して。
ほんとうに、ひとに恵まれているわ、私。 
 






風の強い日。 
 
 
夏のはじめ、さるすべりの花を教えてもらった。
あの鮮やかなあか。
夏の間中ずっと、あちらこちらでさるすべりに出逢った。
普段は気付くこともない滑らかな樹は、この時期にだけ鮮烈に主張する。
こんなにもさるすべりの樹があることに、はじめて気がついた。
 
さるすべりがもう終わりの兆しをみせて、風は涼しくって、夜はつめたくって、夏が終わったんだなあ。さるすべりは随分咲いていた、と 携帯にうちこんだ、「さるすべり」。
変換の候補に「百日紅」と出て、ああ何度もみかけたけれど読み方のわからないままにしてきたあれは さるすべりだったんだって、名付け親のうつくしい完璧な閃きをおもった。
 
私の今夏は、さるすべりみたいな夏だったんだ。
朝顔でもひまわりでもない、いつでもそこにあったのに、ひそやかでも感触良く存在していたのに、そっとまぎれてしまうものが、鮮やかに主張する。 
みしっていたものの、いっときのうつくしさと名前を知った夏。 
 
 
 
 
母の歳ほどの同僚が、連れて行ったショットバーで無邪気によろこんだ
ずいぶんぶりにいったのに、一度だけ逢ったバーテンダーは私を覚えていた
写し鏡のようなキャンドルホルダーの中で、無限に連なる三連のろうそくをみた
 
それがおとといの、とてもうれしいことたち。 
 
 

 
 
 


お財布を買った
はじめて、「このお財布がほしい」とおもった
みかけてから購入まで、半月ほど時間をおいても、褪せない欲求と好ましさだった

執着を 欲求をうながすものは 手に入れてからだって、目に手にするたびずっとうれしい。 
 
 
 
10月に、展示をします。ニ件。
後日きちんとした記事をあげます。
http://bit.ly/p9ebcs